アーティスト菊池宏子ブログ

Photo by Eric Hester

 

毎日寒い日が続きますね。立春も過ぎ、ほんとうに少しずつですが、「暖」の兆しが感じられる季節に入ってきている気がします。

さてさて、さっそく本題へ。
前回は、インパクト投資と結びつけたアーティストの働き方、そしてアーティストが働く市場や環境を開拓する団体について書きました。このようなアドボカシー活動と同時に、アーティストの立場にいる我々も、時代にあった働き方や現代社会との関わり方を見出す努力や姿勢が必要だということに触れました。このブログを通じて、「これが?これも?アーティストができること?すること?!」と思えるように、様々な業種でアーティストの力を発揮しながら働く方々のことを、私なりにまとめていきたいと思っています!

そして今回は、実例紹介の第1弾として、私の活動領域でもある、アートを触媒にした地域構築・開発を多岐に渡り実践している、大先輩アーティスト、リック・ロウ (Rick Lowe)さん、そして彼が創設ディレクターとして展開している『PROJECT ROW HOUSES(PRH)』について書きたいと思います。

 

PROJECT ROW HOUSESの始まりと背景

Photo by David Robinson

PROJECT ROW HOUSES(PRH)は、1993年、アメリカテキサス州・ヒューストン市の中でも歴史的地区として知られる「第3区(Third Ward)」で、アートによるコミュニティ活性化を念頭においたNPO法人として設立されました。ここは、アフリカ系アメリカ人、そして貧困層が多く住む地域として知られ、当時、衰退しきっていたこの場所で、ショットガンハウス(Shot Gun House)と呼ばれる集合住宅型のテラスハウス(長屋に近いかも)を、リックさん含む7人のアーティストが改築。アフリカ系アメリカ人が持つ社会的・政治的な課題を受け止めながらも、アートそして文化を尊重した地域課題の解決を行なう活動をスタートしたのです。

その後も、地域活性を目指し、コミュニティの意見を取り入れながら多くのプログラムを展開し、2003年には、姉妹団体としてRow House Community Development Corporationを新設し、低所得者層向けの住宅開発計画の構築など、地元のために、原点に立ち返った地域コミュニティ開発が再開されました。後ほどPRHのプログラムについても紹介していきます。

予備知識1:ちなみにアメリカのインナーシティと言われる都市部において、ソフトとハードの両側面を文化的、社会的、経済的な側面から総合的に考え、コミュニティの気持ちを尊重した地域構築を行う組織形態を「Community Development Corporation(CDC)」と呼び、全米各地に存在します。

 

リックさんってどんな人?

Photo by Eric Hester

リックさんは、1961年生まれのアラバマ州出身。アメリカでは、アーティストとして、またある意味実業家としても、地域社会の課題解決を目的とし、地域再生、コミュニティ開発の領域に踏み込見込む活動をした第一人者として知られています。彼にとって、PRHという組織体は、ある意味「アート作品=巨大彫刻」的な捉え方をしていて、その根拠には、下記でもう少し詳しく話す現代アートの思考の一つ「社会彫刻」という考え方に直接影響された経緯もあります。

リックさんとは、10年ほど前にお酒を飲みながらゆっくりお話する機会がありました。アーティストの先輩としてとても興味関心があったので、彼がなぜ今の道を選んだのか、実践的な側面も兼ね備えるアート表現を探求しようと思ったきっかけや影響など、伺ったことがあります。彼は美大学生時代から、彼自身もアフリカ系アメリカ人アーティストとして、人種問題や地域格差、また低所得者層に対して、アートや文化を通じQOL(Quality of Life)=生活の質や水準をいかにしてあげられるか、豊かにできるか?などを考えていました。PRH設立当時は、若手社会人アーティストとして、自らが作品制作の活動を継続するための場所として、この立地を選んだことも一つの経緯としてあり、自分が専門とする絵や彫刻などのメディアで、彼自身の中にあるテーマや地域課題についてある意味一方的に表現すること、訴えることをしていた時期もあったそうです。しかしある時に、スタジオに来た近隣の子供達に、「自分たちの街の課題や問題なんて言われなくてもわかってから、アーティストだったら、アート、クリエイティブな力を使って、具体的な解決策を考えてほしい、そうべきだ」と言われたことが、彼のターニングポイントになったと伺いました。

組織体をアーティストらしく指揮する立場として、また前例のない活動を実行するには、教育者的な視座をもちながら突き進めることも求められます。同時に、リックさんがなぜこのような働き方においてリーダー的存在になったかという理由のひとつには、社会起業家的な発想と行動力を持ち、文化資本と経済資本とのバランスを巧みに見極めた活動内容を構想・実践するアーティストだからだと、と私は思っています。決して自己満足適な内向きの活動ではなく、具体的に見える、伝わる、意味ある成果と結果を残しながら、彼なりのアートを継続しています。

PRHは創立してから今年で25年ほど経ち、アートやコミュニティ開発の業種の中では、かなりの知名度と影響力を持つアーティストではありましたが、4年前のアメリカ個人慈善基金団体・マッカーサー財団からのマッカーサーフェロー(aka「天才賞」)を受賞したことが、アート業界の外の世界で、アーティストの活動領域や可能性が認知され、アーティストという人材が、コミュニティ開発の担い手として、主要人物になり得ることを世の中へ伝える大きな機会となりました。また、一般社会でも通用する「人材」として捉えてもらえる大きなきっかけにもなったと思っています。

 

どうしてこれがアーティストの活動なのか?

PRHウェブサイトに、リックさんが法人を立ち上げる際に影響を受けた2名のアーティストについて明言しています。まず一人目が、個人的な影響を受けた彼の恩師・アーティストのジョン・ビガー教授(1924-2001)です。ヒューストンにあるテキサス州立大学(旧名:Texas State University for Negroes)で教鞭をとりながら、アフリカ系アメリカ人が受けた人種差別・不平等の歴史などを絵、壁画を通じて伝えてきたアーティストでした。彼の「アートとクリエイティビティは生きる為の一部であるべき」という考えを、一つの切り口とし、リックさんは、効果的な地域コミュニティ形成の考えとして捉えました。

そしてもう一人が、ドイツ人アーティスト、ヨーセフ・ボイス(1927~1086)。彼は、アーティストであり、教育者、アクティビスト的な見地から様々な活動を展開しました。そして彼が提唱した「社会彫刻」という概念にあります。ここで、少しだけ現代アートのうんちくになるかもしれませんが、そもそもアートは時代の編成よって、表現の意味や形態が変容・多様化していることに加え、「概念芸術 (Conceptual Art / Idea Art)」というアイデアや発想自体がアートであるという考え方があります。そこで、ボイスは、アーティストとは「自ら考え、行動する人」と意味を込めて「全ての人がアーティストである」と説きました。一人一人が社会の一員として、意思を持って役割を見出し、行動することで、社会をつくる・変える(彫刻する)ことこそが大切であることを伝えつづけました。それを「社会彫刻(Social Sculpture)」と呼び、リックさん同様、私自身もアーティストとしてのあり方、働き方を考える上で多大な影響を受けています。この言葉には、各々の違いや価値観を尊重すること、そしてそれなくしては、豊かな社会の実現にはならないといったメッセージが込められていると思っています。半世紀以上前に謳われたこの「社会を彫刻する」という問いかけは、生きて行く上で、常に我々が考えていく必要があり、また、一見、抽象的かもしれませんが、解釈自体の多角性を担保した理念(哲学?)だからこそ、特に地域を担い手にするアーティストにとっては、今も古びることなく、大きな理念として立ち返る概念なのです。

予備知識2:「社会彫刻」という根源的な概念に始まり、現在のアート業界では、リックさんのように、共同制作というプロセスに比重をおき、人と人、そして社会との関係性の構築、社会課題の解決を目標においた上で、アートを触媒として考えるタイプの考え方・分野を「ソーシャリー・エンゲイジド・アート(Socially Engaged Art)」とか、「ソーシャル・プラクティス(Social Practice)」などの総称として語ることが多々あります。またここ10数年ほどは、アーティストがコミュニティ開発を考える必要不可欠な構成員として関わることの必然性と可能性を探求し、アーティストを巻き込み、彼らの知見やクリエイティブな活動を組み込みながら、地域活性、構築を行う活動・領域を総称して「クリエイティブ・プレースメイキング(Creative Placemaking)」などと呼んだりします。この潮流は、アーティストの存在意義を肯定し、また、アート市場と予備知識1で触れたCDCが互いに歩み寄り、利害関係を認識した上で、実際の成果に結びつける新たな市場・現場を意味します。

予備知識3:こちらは、定期的に書かせていただいている記事で社会彫刻について触れています。

PRHの活動

さて、ブログの終盤になりましたが、25年というレガシーがある現在では、新たなディレクターやプログラムを担う人材など雇用し、教育プログラム、アーティスト・イン・レジデンス、起業家支援、市民主体のコミュニティづくり(母子支援活動から不動産業務まで)を担う複合的な活動を遂行しています。長期的に組織を運営するためにも、次世代の運営人材、そして次世代のアーティストを育成するようなフレームも組み込んでいます。彼らが行うプログラムの中でも、上記で述べたような社会彫刻的な観念が特に反映されているプログラム例をいくつか紹介したいと思います。

 Young Mother Residential Program(ヤングマザーレジデンスプログラム)

この地域の大きな問題のひとつが、低所得者層の若年出産です。経済的自立が計れない若者を対象にして、この実践的なプログラムが構築されました。「子育ては村の中でするもの」というアフリカで生まれた格言に基づき、若い母親達の生活支援と更生によって、共同生活を通じ、同じ境遇の仲間と共に、カウンセリングを受けながら親としてのスキルを学びます。アートを通してクリエイティブな活動も組み込まれており、現実の生活環境から隔離された、彼らが教育を受けやすくする為の環境整備が確保され、安心して子育てができるのです。

Small Business Incubation Programs小規模ビジネスのインキュベーションをサポート)

このプログラムは、地域で起業したい方々のサポートをするサービス。クリエイティブな観点を取り入れ事業内容の構築のサポートからマーケティングの戦略の補助など行なっています。そしてPRHの立地を活用して、第3地区の個性やそこに住む人々が、地域感を感じてもらうためにも定期的に行われている「Third Ward Community Markets」というコミュニティマーケットを活用し、PRHが支援する小規模ビジネスが実際に市場に出るための土壌も提供しています。

Row House Community Development Corporation

Row House CDCの原点は、ヒューストン美術館付属・グラッセル美術学校とのパートナーシップ事業として企画されたアーティスト・イン・レジデンスでした。大学のコア・レジデンス・プログラムを履修する学生が実際の生活体験を通して、地域のメリットとなる表現作品を作り、地域活動に参加するという仕組みになっています。敷地内では各種の展示スペースが設けられており、パブリックアートとしても作品が共有できるように工夫され、アートによるコミュニケーションの場が創成されています。また、地元にあるライス大学の建築学科の学生などを巻き込み、新規なデザイン性を重視し、地域性や歴史的景観が反映される地元エッセンスをたっぷりと表現した住宅施設を計画・建設をするなど、2003年に立ち上がったコミュニティ開発を担う通じて、街の文化や歴史を反映した住宅を管理し、第3区に住む市民を優先する賃貸物件の管理などをしています。

ほんの一部ではありますが、彼らが地域性や地域のニーズを尊重した生活環境をつくること、そして人を育てることの両側面を行なっていること、このように、母親、起業家、アーティストの自立形成の一角を担うことが、アートであり、ある意味アーティストを輩出している活動とも捉えられるのかもしれません。まさに社会彫刻的な観点で人を育て、その育った人たちがみんなで社会彫刻する=アートを創生することなのです。

 

アーティストの特徴?特技?

少し整理してみました。リックさんのように、組織を統括する社会人アーティストの才能、職能、資質ってなんだろう?これが全てではありませんが、今後も「公開整理」していきたいので、まずはリックさんの活動を通じて浮き彫りになったことをまとめてみました。そしてこの地域づくりの理念や精神論から見出されるアーティストの資質は、地域というコンテクストのみならず、企業や組織文化などの現場にも汎用できる考え方です。

  • 社会の隙間を見る洞察力、課題解決の方法や戦略など、既存の考え方ではない発想を持っている。それを具体化、そして伝えるオリジナルの方法を編み出すことができる。
  • 社会の一員として、大きな志を持ち、分野やメディアを横断的に捉え、多角的なパイプラインを作ることができる。そしてそれを伝達するコミュニケーションの力がある
  • エンゲージメントの理念を包括した活動を生んでいる。結果、ひととひととのつながり、共益に結びつくシステムを生み出している。コラボレーションの本質を理解している。
  • 効率よりも質とストーリーに比重をおきつつも、断固たる理念と価値観を兼ね備えたリーダーシップ的な存在になり得る
  • 社会的に弱い立場にいるひとの気持ちを理解する努力ができ、それを具体的なアクションに落とし込める想像力と、そこへのリスクを背負う覚悟がある。
  • 文化資本と経済資本のバランスを構築する能力がある。ただし、即効的な利益よりも、持続的・持続可能な仕組みを考え、結果、アート・文化が存在し、円滑に循環する資本的な仕組みが生み出せる。

予備知識4:少し余談かもしれませんが、私が通ったアメリカの美大では、技術的な指導も当然ありますが、何のためにアートをつくるか?誰のためになど、自分の作品を社会と照らし合わせたり、コンテクスト化する教育を受けます。その一環として頻繁に、アーティストとしての自己表明「アーティストステートメント」を書く訓練を受けます。自分と常に向き合うので、非常に苦しい作業でもあるのですが、アーティストとしての表現とそのメッセージを同時に考えることを多く教わったことを今でも痛烈に覚えています。このような基本的な訓練が、上記で「公開整理」した資質を生み出すことにも繋がっているのかもしれません。

 

最後に

今回は、リックさんの活動を中心にアーティストの働きと市場について触れてみましたが、国内外でも、アートを触媒に、新しい姿のコミュニティづくりで人々が活躍しています。例えば、小児病棟の入院患者さんたちの生活を少しでも豊かにするために、アーティストが旗振りをし、病院と連携しながら空間を考える試みや、高齢者施設などのプログラムづくりなど、ソフトをデザインすることで、アーティストが関わっている事例は少なくないと思っています。またこれも医療系ですが、アーティストがレントゲン師とともにレントゲンの技術の向上に向けたアドバイス、アメリカのとある市では、市長のスピーチライターに詩人をあえて雇用するなど、様々な分野でアーティストの活動分野が広がっているのも事実です。

ただ、このようなアーティストがアーティストの視点で関与する仕事であるにも関わらず、仕事先の肩書きなどが、どうしても基本になるため、彼らのプロセスや成果が、「アーティストの作品」というフレームで紹介せず(認識しない)、なんとなく「企画」「プログラム」「事業」と言ったことばで流れてしまうことも多いのかと思います。また、今は誰でもアーティストと名乗れるという風潮と現状があるが故に、自分自身を語れるということが、より大切になってきているように思います。「医師」とは言っても色々あるように、どの業種でも、説明なくして肩書きだけで具体的な内容や技術を伝えることにも限界があります。アーティストも私は同じだと思っています。

今回は、リックさん、そして地域づくりに関与するアーティストの働きについて触れました。次回も少し違う分野で、環境やサイエンス、先端技術を取り入れたりするまた違った側面を持ったアーティストの活動を紹介しながら、アーティストの働きについて考えていきたいと思います。

長文のご拝読ありがとうございました!

 

 

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