アーティスト菊池宏子ブログ

出迎えセレモニーの様子(写真:赤司展子)

富岡町でつくる新しい学校

福島県双葉郡富岡町。

富岡町というと、福島第二原子力発電所がある町としても知られており、2011年に発生した福島第一原子力発電所事故の影響によって閉鎖されてしまった町でしたが、2017年4月1日から、一部を除き、避難指定区域から解除され、人々が少しずつこの町に戻ってきています。ちなみに震災前の住民登録数は15,960人ほどだった町でしたが、現在の町内居住者は約450人ほどと伝えられています。

町民数は地道に延びている一方で、原発という大きな事故からの風評被害、また同時に安全、安心という観点から、そして雇用問題などなど、この町に再度生活基盤を持つためには、未だ様々な議論がなされています。

そんな中、2018年4月6日、震災後7年ぶりに富岡町立小中学校・富岡校が再開しました。

富岡町に関わるきっかけ:ふるさと創造学

前回のブログでも書いたように、私は東日本大震災がきっかけとなり帰国し、東京を拠点に活動をすることを決めました。そして震災後の日本において、自らがアーティストとして何をすべきか、何ができるかを考えながら働き、生活を営んでいます。

今から4年ほど前になるのですが、私の妹の親友に当たる赤司展子さんからのお誘いがあり、ふるさと創造学という「『震災で子どもたちが得た経験を、生きる力に』との思いからはじまった、双葉郡8町村の学校が地域を題材に取り組む、探究的な学習活動」の成果を発表する「ふるさと創造学サミット」の外部アドバイザーとして関わることになりました。業務内容を簡単に説明すると、年に一度8町村から集まる唯一の機会だからこそ、ただ一方的に発表をする機会ではなく、子供達が他校のことお話ができたり、コミュニケーションが生まれやすい仕掛け(各学校の展示の配置方法から、プログラムの内容に関すること)などを考えることでした。ちなみに2017年サミットの様子ととふるさと創造学について話をしている映像があるので、こちらもぜひ。

富岡町立小中学校とは?

少し複雑なのですが、震災後、この富岡校が再開するまでの数年間は、隣接する三春町にて富岡町立小中学校が開校していました。今回の富岡町内校の再開を皮切りに、数年かけて「富岡町立小中学校」を融合する予定があります。それまでは、富岡校と三春校二つのキャンパスを持ち、互いに連携を測りながら学びの環境を整えていきます。今年は富岡校小・中合わせて18名から、そして三春校22名にて合計40名で、学校は再開しました。

さて、6日当日私は、上野から常磐線でいわき駅乗り換えで富岡へ。約3時間半ほどの旅。午後からの再開セレモニーと入学式に向けて、まずはこの学校に通うこども達のお出迎えセレモニー

多くの方々が列をなし、子供達が通る花道をつくり、そこをこども、保護者、ご家族の方々が通り抜け、再開する学校の正門にむかいました。これからは、この町で生活する人々が一丸となり、互いが協力することから育まれる学校に育てていこうというとても象徴的な時間となりました。出迎えセレモニーと再開セレモニーの一部ですが、その様子を捉えたVR動画です。

再開セレモニーメモリアルドラマ、「おおきなかぶ」を子供達が演じました。

再開セレモニーでは、子供達が司会進行を勤め、開会の言葉に始まり、「メモリアルドラマ」として、おおきなかぶを全校生徒で演じる場面など、手作り感満載で、そしてまた笑い溢れるセレモニーでした。

この2分程度の演劇も、ある意味「連携・協働」に対する姿勢を象徴づける物語でした。富岡校に通う子供達が大きなかぶを引っ張っても抜けない、そして高学年、中学生が引っ張っても、抜けない、その後、三春校の子供達を呼び、みんなで大きなかぶを引っ張る。みんなが協力して演じてる姿を見ながら何となく涙が溢れてきました。その後は粛々と小中合わせて5名の入学式が開催されました。

アーティストとして委員長を務めること

このサミットへの関与がきっかけとなり、上記の映像にも出てくる富岡町教育長・石井賢一先生と出会いました。富岡町の実情、そして石井教育長が目指したい学校への思い、街への思いに心を打たれ、富岡町立小中学校再開について考える「富岡のまなびを考える会(富岡町教育振興計画検討委員会)」の委員長として関わることになりました。委員長就任にあたり、宮本皓一町長ともお話させていただく際、せっかくだったら「どこにもない、ぶっとんだ学校をいっしょに考えてほしい!」という強く、これこそぶっ飛んだお言葉をいただいたことを思い出します。

この「ぶっとんでいい!」という許可が下りたこと、また、私が今までアートの思考を取り入れた学びの場や地域づくりを手がけてきたことが、今回の事業に関わる大きな理由だったと思います。その中でも、私がアーティストとして活動する上で、探求する「共育の場」という考え方に対して、石井教育長に、共感いただけたことも前提としてあるかと思います。

また、今回、お誘いを受けるにあたり、教育長からは、そもそもこの「想定外」の事情を抱える富岡町において、前例主義的なアプローチ、客寄せパンダ的な内容、また当たり障りのない普通に考えた教育の方針や展望では、これからの富岡の未来はないと、はっきりおっしゃってくださいました。これから関わるみんなと共に育て、いつか戻ってくるこどもや家族が、「こんな楽しい学校がある町に戻ってよかった」と思えるような学校の構想を期待されました。

アートの視点を取り入れた共育の場

再開セレモニーにて、委員(一部)が石井教育長を囲んで撮った一枚。

すこしここでアートの話をすると、私が教育を受け、長年生活をしていたアメリカ社会の中では、現代アートの捉え方や役割が、ここ30数年ほどの間に急速に変容しており、芸術・文化政策事業の壁を超え、現代アーティストによるコミュニティ再生や地域創造プロジェクトの領域が著しく成長してきました。

アートの視点や思考を取り入れ、人々の生活に対する発想やアイディア、人々の感情など、言葉で表現しきれない「はかないもの、見えないもの」の本質を浮き彫りにし、心の内側を人々が知り、心に響かせ刻み込んでいくこと。これらのプロセスを幾度も繰り返す事で、表現が重畳的に積み重っていき、場合によっては具体的な課題解決の手段にもなり得るのです。ただし、それは、関係者すべてに共益をもたらすエンゲージメントという考え方によって維持されなくてはならず、それによって、コミュニティそのものへの関わり方が多様化します(こちら少し専門的なのでまた別の機会でエンゲージメントについては説明しまーす)。その結果、その土地に、豊かな「まち」、「環境」、「社会」そして、「ひと」が生まれるのです。従来の芸術家による「作品」という物質的なものの創作・創出だけでなく、むしろ、アーティストが都市のシステムを変え、さらには市民の参加と共に地域コミュニティを育む場、つまり、「共育の場」を作りだすことを私なりに追求してきました。

美大時代に影響を受けたアーティストの一人がスザンヌ・レイシー。私のような活動をするアーティストの基盤ができたのは、1990年代頃、情報社会の発展と共に、公共の場を教育現場とし、社会的問題に対する認識の高いアーティストたちが、学校での教場の学びに批評性を持ち、現代アート思考による独創的な教育現場の形成が活発になったからです。

アーティストでありながらエデュケーターとして社会に対する教育的思考を反映する作品制作を試みたレイシーは、地域社会の向上の為に動きだし、多くの作品・コミュニティ再生プロジェクトを発表してきました。1970年代からニュース・メディアによる「都合のいい報道」に対して問題意識があり、メディア報道を別の解釈から検証する作品を多く残しています。「ルーフ・イズ・オン・ファイア(The Roof is on Fire)」(1993-1994年)では、常日頃から否定的な報道しか流れないカリフォルニア州オークランドの住む青少年(Teens)の問題に対して、ティーン、エデュケーター、アーティスト、そしてメディアワーカーから成り立つTEAM(Teens, Educators, Artists, Media workers)を結成しました。この活動は10年ほど多岐に渡った活動でもあり、当ブログの最後に「予備知識」としてもう少し詳しく書いていますので、興味のある方は是非ご拝読を。

「コミュニティの拠点となる学校」:この富岡町でしかできない学びの場

学校正面一階部分になる地域の方々が集う交流スペース。教育長が簡単にプレゼン。

さて、話を戻しますが、この共育の場というそれぞれの個性が尊重されながら互いに学び合える環境づくりを進めるにあたり、委員の皆さんとは、まずは、改めて「学ぶ」という意味を根元から考えることや、教育や学校という言葉にある既成概念を一度取っ払うところから始まりました。また、地域コミュニティとの関わり方、また既存する文化などについてもたくさんの議論を重ねました。例えば、改めて、学ぶ意欲のある地域の高齢者が、子供と共に学校の授業を一緒に受けるシステムや、朝の掃除を全校生徒と地域で行うことなど、授業を受けずとも、人の手伝いをするという理由であれば、出席と認めるか?アーティストが学校の教室に滞在しながら子供達がたまに立ち寄れるような環境は?などなど、いろいろな妄想?アイディアを出しながら委員会は進んで行きました。

三春校にて、校長先生方を交えた委員会の打ち合わせの様子。

通常、このような委員会は、大学教授などいわゆる有識者から構成されているのですが、今回は、地元の町民、役場職員、教員、そして富岡第一中学校の卒業生らから成り立つ委員の方々と共に、この町で本当に必要とされる具体的な学びの方針とアクションプランの作成をする特別な機会となりました。当然、私のような外者、ましててアートを専門にするわかりにくい仕事をしている人間が入ることで、当初委員の方々も当惑していたと思います。しかし、それぞれの思いをぶつけ合うことで、互いの利点や存在意義を理解し、結果それぞれの専門性を生かすことでしか生まれないアクションプランが出来上がったと思っています。

一つだけこのアクションプランの成果としてお話すると、学校という場に地域の交流スペースをつくるという決断です。実は伝統的に学校という用途の中で、地域が交流するスペースを組み込むことはとても難しいことなのです。なぜなら子供の安全を守る場所に、誰でも自由に出入りできる場があることに対して様々な意見と法的な制約などあるからです。なおさら、地域の方々が自由に出入りできる交流スペースの設置において、教室は2階部分に設置することで、こどもの学びの環境を確保し、安全・安心を担保するなど、様々な側面から考慮しながら考えていきました。

まだまだ、町民数が少ないこの町で、一つの場所に人が寄り添うことはとても重要です。今は、町の人たちが学校という場を身近に感じ、学校に通う子供たちと同じ場所を共有することで、この街の未来を想像することできるのだと思います。また、廊下を挟んですぐのところ、そして子供達が毎日通る場所にこの交流スペースは配置されており、子供達にとっても、地域を感じる大切な空間になるはずです。町の中心にあるさくらモールを除くと、まだまだ人が集まりやすい場がないこの町には、この交流スペースの存在は大きく、現在はテーブルくらいしかないこのスペースを、地域の方々と学校と子供達が協力しながら必要とされる場所に変化していくことを願ってます。

「学校再開に向けて」

アクションプランを教育委員会にプレゼン提出完了。その後メディア対応をなさる町長と教育長の様子。

11月教育委員会に提出した「学校再開に向けて」は、こちらからダウンロードできますが、プランの中には、全人格的な教育(生きる力を育む学校教育)、少人数だからこそできる成長を配慮した教育方法、また学び方を身につける学習への提案など組み込みました。これはあくまでも大きな展望を掲げるプランなので、委員会で出た具体的なアイディアなどは、委員として参加していた地元の方々に委ねましたが、すでに町あげての運動会を実施しよう!などなど、少しつづ動き始めています。

最後に

アクションプランの最後に石井教育長からのメッセージが載せられています。その言葉で今回のブログを終えたいと思っています。私のような肩書きのアーティストが関わることができたのも、長年にわたり、この町そしてこの町の教育と真剣に向き合い、子供達のことだけを思い関わり続けていらした石井教育長のお力なくしてはありえなかったことでした。自由な発想で、委員の皆さんと富岡町がつくる新しい学校のことだけを議論できたのも、石井教育長が、私たちを本当に信頼し、守ってくださったことにつきます。

いつもとは少し毛色の違うブログの内容ですが、今回はどうしても、アーティストとしてのあり方を常々考え、私なりに関わり続けて5年目を迎える福島県双葉郡の今を伝えたかったのです。

富岡町に、ほんの数名であってもこどもたちが戻り、日々学び、生活を始めました。学校がある町となり、富岡町が本当の意味で再スタートが切れたのかと、勝手ながら思い、今後も私ができることを続けて行きたいと思っています。

富岡町「学校再開に向けて」
“東日本大震災及び原発事故から6年を過ぎても周りの大人が日常を取り戻せないでいるなか、避難生活にある子どもたちは、その大 変さを感じさせることなくひたむきに学んでいます。保護者からの「震災時、小学校 1 年だった息子も中学2年生。地域とのつながりを強め、 元気に頑張っています。」「『富岡に帰りたい』と言っていたのは震災直後だけ。いまは避難先で友達ができ、部活動に打ち込んでいます。」 との声は本当に嬉しく、深い安堵の感を覚えています。

本年4月に富岡町の一部を除き避難指示が解除されたことを契機に、来年の4月、町内で学校を開校するにあたっては、新しいまちづ くりが進む中、「富岡町に住み、ここで学ばせたい、学びたい。」と考えて帰還したり、新たに移住したりする住民の願いを大切にしたいとの 思いがありました。そこで、本年6月、「富岡町内の学校における教育のあり方」を諮問するため、富岡町教育振興計画検討委員会を設置 いたしました。ここでは、「富岡町災害復興計画(第二次)」及び「富岡町教育大綱」に示された帰還後の富岡像の実現に向け、教育が果 たしている普遍的な役割に加え、富岡町が目指す「人づくり」の観点から、「町ぐるみで子どもを育てる」「町の文化をつなぐ」をテーマに、1 0月までの5か月にわたり議論していただきました。今回、その結果としての「富岡町教育振興計画検討委員会最終答申」を受け、この最 終答申と教育現場等の意見を参考にしながら、富岡で再開する学校の具体的な行動目標として「富岡町 学校再開に向けて」を作成した ところであります。

小学校3年のまなぶくんは、算数の授業が終わると、交流スペースにいるおばあちゃんたちのグループの中に入っていき、よしこおばあ ちゃんが入れてくれたお茶を飲みながら、昨夜見たテレビアニメの話を始めた。そのころ、2階の教室では、あゆみさんが三春校にいる同級 生のたかしくんと、ビデオ会議システムを通して学習発表会で披露する朗読劇「くじらぐも」の練習に励んでいた・・・

このプランで思い描いているのは、子どもと地域の人々の間でこのような穏やかなやり取りが見られる学校です。ここでは、富岡の子ど もを育むうえで大切にすべき基本、目標など示したばかりではなく、多世代教育という視点で、特に富岡の学校で学ぶ子どもたちに向けた 取組の方針を分かりやすくまとめたつもりです。子どもたちが夢や希望を見いだし、その実現に向け様々なことを学び、その学びを通して、 新しい日常、新しいふるさとをつくっていく経験をすることは、将来どのような場で生きていくとしても、必ず子どもたちの大きな力になるは ずです。また、多世代との交流を通した取り組みは、富岡の学校で学ぶ子どもたちばかりではなく、久しくふるさとから離れていた大人たち にとっても、自分のルーツとしての「とみおか」への思いを再確認する取組になるものと考えています.”

平成29年11月
富岡町教育長 石井賢一

 

予備知識
ルーフ・イズ・オン・ファイア(The Roof is on Fire)」(1993-1994年)というプロジェクトは、常日頃から否定的な報道しか流れないカリフォルニア州オークランドの住む青少年(Teens)の問題に対して、ティーン、エデュケーター、アーティスト、そしてメディアワーカーから成り立つTEAM(Teens, Educators, Artists, Media workers)を結成しました。プロジェクト自体の遂行は、オークランドに住む高校生200人ほどと共に、屋上駐車場を舞台に、「暴力、セックス、ジェンダー、家族、人種」について語り、その場にメディアを招待し、直接対話ができる場を形成しました。十代の彼らは一市民として、そしてチームの一員としてこのプロジェクトに参画し、1000以上のメディアと直接コミュニケーションを図る大掛かりメディアに向けてイベントを行いました。レイシーは事前に5ヶ月間、毎週教師と高校生たちと会い、話されるべき内容を構想することで、信頼関係を強化し、当事者意識を持った活動へと発展させせていきました。この様子を収録した映像は、CNNなどのメディアを通じて全米に放送されました。

 

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Surian’s Blog – Update April 2018

SSR

This month FRAME00 asked me to make artwork for ‘SSR’ – One of their new projects in development.

I made over 150 different experiments. FRAME00 will survey and see which are popular with users.

I will continue to make more letter experiments in the coming months for ART GOODS SHOP. Some examples are below:

ART GOODS SHOP

As well as the Font artworks, I again focused on specific artwork for the ART GOODS SHOP – this process is ongoing and I will continue with it next month. Some examples below:

VICE MOTHERBOARD TERRAFORM

In March I was also commissioned three times by Vice Motherboard Terraform to make sci-fi artwork:

The first story was about the fate of a dying Syrian inventor – The Inventor

The second story was about a daughter who has agreed to die to add years onto her parents’ lives – The Last Rites of Quotient Lorenzo-Lochbaum

The third story was about a shop where minds can be liberated to millions of possible earths – The Store of the Worlds

Other Misc. Artworks and Experiments

I also managed some other art experiments this month too. Some examples below:

Check next month for more updates 🙂 Surian

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アーティスト菊池宏子ブログ

アーティストの発想で、「生きる」ことを考える。

Relight Daysにて。3/12/2018

3月は、私にとって人生の転機となった東日本大震災が起きた月。あれから7年という月日が経ちました。ここ最近は、岩手県遠野市に視察や、震災を経て生きる一人ひとりの心に問いと気付きを生むシンボルとして、六本木にあるパブリックアート『Counter Void』を3月11日〜13日の3日間限定で再点灯するRelight Daysの開催もあり、なおさら、様々な角度から死生観について考える時間を過ごしています。

そして、今回のブログを寄稿する上で、死、そして人生観を考えることを一つのテーマとしたとき、アーティスト・起業家のJae Rhim Lee(ジェ・リム・リー)の名前が一番最初に浮かんできました。

彼女に出会ったのは、2001年ニューヨークで起きたアメリカ同時多発テロ事件のころ。私もちょうどMIT LIST VISUAL ARTS CENTERというマサチューセッツ工科大学に付属する現代アートセンターの教育普及の仕事に着任し、ジェ・リムは、MIT Visual Arts Program の美大学院生として同じキャンパスにいました。彼女とは、同じアーティストとして互いの活動を応援してきた良き友人でもあり、同じアジア人ということで意気投合し、私たちアーティスト特有の発想で、社会課題に取り組むことの重要性など、当時、あつーい話を幾度も交わしたことを思い出します。懐かしいです。

そんな彼女は、「死」という誰しもがいずれ迎える現実を直視し、私たちの体と環境汚染との関係を紐づけます。なぜなら、そもそも環境汚染の要因の一つには、我々の身体もが日々の生活から体内が汚染された結果。その肉体を「埋葬」という土に返す過程を経て、環境悪化への原因になってると結論づけるのです。彼女は、アーティストとして、また社会起業家として、この負のサイクルから抜け出すために、環境を考慮した死者・死体の葬り方を探求し、ビジネス化しています。今回は、そんなジェ・リムのライフワークとなる活動について紹介したいと思います。

 

アート、デザイン、科学、文化の交差による技術革新=The Infinitely Burial Suit(無限の死装束)

ジェ・リム・リーは、韓国釜山に生まれ、アメリカ・ウェルズリー大学にて心理学を学び、その後MIT付属の美大へと進みました。身体と環境、エコシステムなどをテーマにし、表現活動としてのアート作品を数多くつくるかたわら、文化的・科学的な見地から環境問題に対して具体的な解決策に結びつく様々なアートプロジェクトを展開してきたました。

彼女は、私たちが日常生活の中で、消費している物(食品、プラスチックに含まれる成分、農薬などなど)を通じ、自らの体内が知らず知らずのうち汚染されて、結果、有害物質が体内に蓄積されているという負の環境負担のサイクルに気づきます。この事実に対し、アーティストの視点から「身体が朽ちる過程」、特にアメリカでは主流となる埋葬によって起こりうる環境問題に対して、課題解決をする方法や代替案を見つけるための研究、調査、作品づくりを始めるのです。また、TEDの中でも言及されていますが、火葬においても体内の有害物質が空気中から放出されるという意味では、抜本的に死者を葬る過程を変えていかなくてはならないという、斬新な考えのもと、アーティストとして思考を活用し、活動を続けていきました。

大学院卒業後、「マイコレメディエーション:放射性同位体混成作用の菌類基盤土壌レメディエーション」について学ぶことが更なるきっかけとなり、「私たちの『死』という考え方・捉え方、また我々自身と地球という惑星との関係性において、マッシュルーム(きのこ)が、発想の転換(カルチャルシフト)となるための象徴・ツールとなりえるのではないか?(Could Mushrooms be the symbol and tool for a cultural shift in how we think about death and our relationship to the planet?)」 という大きな「問い」を掲げ、ますます彼女の未知なる探求は進んでいきました。

 

環境負担をなくすための死者・死体の葬り方?!
「死後も自分の体が環境へ配慮し、地球を汚染しないように責任を持てるか?」— Jae Rhim Lee

とにかくまずは、2011年に彼女が登壇したTEDの映像を見ていただきたいのですが、この登壇を通じて、ジェ・リムは、アーティストという立場から、科学の力やそもそもの埋葬という文化に新たな発想を投入することで、新しい埋葬のシステム、そして地球環境の整備のあり方を提案しています。

The Infinitely Burial Suit(無限の死装束)を追求しようと思った大きなきっかけは、土の中にある環境に有害な物質を浄化する 食用キノコがあることを知ったこと。この考えを応用することで、人体の組織を食し、肉体の中にある有害物資を浄化する食用キノコを大量に養成することができるのではないかという発想から仮説を立てたのです。通称「マッシュルームスーツ」と呼ばれ、食用キノコを活用して体内の毒素を分解・浄化するスーツ(映像の中でジェイ・リム自身が着用しているキノコの胞子が編み込まれた死束)を死者が纏うことで、肉体から不純物の取り除き、最終的には遺体が堆肥となり、新たな生命(植物など)の栄養分へとなるエコシステム・埋葬方法を発案したのです。 百聞は一見にしかず!

 

環境を思う埋葬ビジネスCoeio創設:アート業界から現実の社会へ進出

2008年、ボストン科学博物館での展示会企画として開催されたファッションショーに、このマッシュルームスーツをまとい公の場へ登場。当時はまだこのアプローチへの実現性や現実味がなかったので、面白い発想から作られたアート作品という解釈の方が強くあったことを思い出します。一方で、社会課題の装置としてアートを活用するアーティストやアートプロジェクトに支援する助成団体からの後押しもあり、少しずつ彼女の仮説がアート作品とはいえども可視化され、少しずつ世の中から認知されるようになり、この突拍子も無いアイディアや思想に賛同する方々が増え続けるのです。

そして、「無限の死装束」という一見非現実的なアート作品が、この2011年のTEDへの登壇が大きなチャンスとなり、彼女のこの摩訶不思議なアート作品?研究?地球を救う未来のイノベーション?に対して注目が集まります。この活動の力になりたい、もっと知りたい人、投資したい人、具体的に協力したい人たちが徐々に増えていきました。

一方で、社会的タブーだと位置付ける人もいれば、実験的なアートとしてこの埋葬業界に参入することに対して不謹慎だという批判的な意見もあったそうです。ただ、彼女の執念、そして科学的な立証、実験を繰り返し、また着実なアドボカシー活動、そしてメディアからの注目もあり、2014年にスタンフォード大学にて「人間中心デザイン」をこのマッシュルームスーツの具体的な応用をする機会を経て、アーティストによる環境保全、社会的責任を持った葬儀屋「Coeio」の起業に至りました。

 

ネットによる情報の拡散も後押し

当然、一般常識では考えられないこのアイディアを面白い!と思った人たちは、ネットを通じて全世界へと情報を拡散し、新たな発明の原種として様々なメディアに取りあげられるようになります。結果、研究者や投資家、アーティスト、デザイナー、葬儀屋さんまで、彼女の思いに賛同し、The Decompiculture  Society(腐敗微生物培養会)というプロジェクトを全面的に応援するサポート組織も立ち上げ、今の活動の漸進となるThe Infinitely Burial Suit(無限の死装束)プロジェクトへの具体化に向けて、協力体制が少しずつ整っていきました。

 

マッシュルームスーツ第一号利用者?採用者?、デニス・ホワイト氏との出会い

courtesy of Coeio

63歳にして脳の病気に見舞われ、末期症状と診断されたデニス・ホワイト氏も、ネットを通じて彼女の活動を知ることになったその一人でした。そもそもホワイト氏も、環境に配慮した埋葬を考えていたこともあり、キノコの死装束を着用し埋葬することを、自ら志願。ジェ・リムにとって、念願の一人目の利用者(Adoptor)となるのです。

こちら「Suiting Dennis: A family story of green funeral」と題した映像(英語のみ)には、ホワイト氏の決断、この特殊な埋葬方法を選択することに対する家族の思い、葬儀を家族と共に計画するプロセスなどがまとめられ、少しずつ理解を深め、ホワイト氏の考える人生の「終わらせ方」に賛同する家族のストーリーが描かれています。

 

初めてのプロセスから学んだこと

ジェ・リムは、幾度もホワイト氏の家族の元へ訪問し、家族と時間を過ごすことで、徐々に家族からのスーツへの理解を得ることになります。当然のことながら食用キノコに食べられて埋葬されるという発想がすんなり受け入れられうはずもなく、この経験から、商品として販売するためには、利用者に寄り添いながら、彼らの不安をできる限り取り除くことで、利用者が増え、結果的には環境汚染を防ぐ触媒としてこのスーツが流通するということを学びました。

この体験から、今ではThe Infinitely Burial Suitを希望する方々に対して、心の支えとなるマニュアルを強化し、またこの「Suiting Dennis」映像を活用し、視聴会を開催するなど、新しい埋葬の方法や文化を継承するための様々な工夫を凝らしています。

 

商品化

Photo courtesy of Coeio
Photo courtesy of the forever spot by Coeio

品質向上に向けて研究を継続しつつも、現在は、このスーツをネットから購入することができます。スーツ一着15万円ほど。サイズも、S,M,Lとあり、まるで、ネットで洋服を買うような感覚で死者の身を纏うスーツを購入することができます。

購入にあたり、いくつかのステップがあり、まずは、一対一ないしは、グループで、利用上の心得など、商品の理解を深めるためのコンサルティングの時間と方法を選ぶことができます。そしてきちんとした理解のもと、商品の購入へと至るプロセスがデザインされています。

またなんと、2017年8月より、ペット用のスーツの販売も開始。こちらはすでに多くの方が購入、ホームページには多くの方々の反応が寄せられています。これからどのような商品?作品が発明されるのか、本当に楽しみでなりません。

 

最後に

今回もアーティストの働き方について、ジェイ・リムさんの活動事例を用い紹介してきましたが、前回のリックさん同様、リーダーシップを担う社会人アーティストの才能、職能、資質を考えると、彼女のケースで言えることは、すぐには理解できずとも、やはり社会で本当に必要とする、必要とされる何かを発掘する優れた洞察力かもしれません。また、非現実的な仮説を立て、研究を積み重ねながらも、具体的な課題解決の方法や戦略などを生み出す実行力を持っていることでもあります。

温暖化やゴミ問題、空気汚染など環境課題のほとんどが私たち自らの振る舞いが原因であることは否定できません。またその結果、直接的、間接的な人的被害をもたらされる中で、彼女は、食用キノコを正義化し、斬新な発想からオリジナルなエコシステムを提案、創造し、想像を絶する文化創成を導いています。

また、いい意味で自分の信念に対し、絶大たる思い込みと執着心のもと、納得が行くまで探求し続ける忍耐力と頑固さ。彼女の場合は、多岐に渡りこの課題を深く掘り下げながら時間をかけて前進し、諦めるということや妥協ということを簡単にはしない原動力があるからこそ、このような活動が生まれるのだと思います。

 

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Surian’s Blog – Update March 2018

ART GOODS SHOP

This month I was asked to make some specific art for FRAME00’s ART GOODS SHOP. I am developing some styles that might be suitable for future products. This is an on-going process, below are some examples I’ve come up with so far:

 

Health

Last year I was so focused on art I neglected my health. I will try to learn from this mistake. I have started some new health routines: I joined a new gym, I have a personal trainer, I started a new diet and I’m trying to meditate every night. I hope I can stay consistent with this and improve throughout the year:

VICE Motherboard Terraform

I was commissioned again to make artwork for VICE Motherboard Terraform – This month’s story was about a sex robot high on stimulants. Very entertaining as always:

 

…And as usual, other daily artworks/experiments and Trello tasks:

Check in next month for more updates, Cheers Surian 🙂

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